Luna Drop

50代内観 掃除 終活 断捨離 仏教

業について教わる(記事加筆)

両親の晩年に何の苦労もなく

平然と見送れる肝も智慧も兼ね備えた方には

ここをご覧頂くのはお恥ずかしい限りですが、

人間の晩年、あるいは『死』の管轄は

ゆかりのお寺があるのならそちらに相談事が増えるのは

自然と思います。

 

自分の両親のゆかりの寺、らしきものがない場合は

いろいろ話し合えたとしても

『死』に向き合うのは親も子もしんどいです。

親にとって

『死』が目の前に迫るのは、想像に絶します。

だので、どんな心の状態なのか、よく観察します。

日に日に老いてゆき、弱くなり、

幸福感とは無縁のように思えますが

父は冷静で『あきらめて』おり、

『もう、かまわんでくれ。』と言うのです。

そう父がいう時には切なく、苦しく、自分に刺さる言葉です。

それ以上に、父はもっと切なく、苦しいのだな。

そのように観察し、仏教の得意とする

『理性』や『慈しみ』を頼りにしています。

 そのような反応も自然ではないでしょうか。

 

厳しく的確な道しるべ、終始、理性で書かれている文献を

無料で拝読でき、弱い心を振り返ります。

j-theravada.net

 

 

以下、書庫の備忘録です。

 

業について、深く理解をしている方には、

当方の本のレビューはほとんど役には立たないと

思います。

心の暴走や

妄想をやめる、事はできました。

その程度のログです。

興味のアル方は読み進めて下さい^^

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

長老の著書には、この数か月、読み漁って知識は蓄えました。

いよいよ父の最晩年に、自分は何ができるのか実践の時です。

人の死に向き合う時に、他には手が回らない、余裕がなくなる、

それでよいという見解を得て、気持ちが楽になりました。

  

 

 

 

以下、kindle unlimitedのライブラリより。

その人のできる範囲で仏教的実践を試みる本,ご紹介。

 

 

どのページから読んでも良い、

心に響く原因はなんでしょう。

 ていたらくな自分に克!

原訳『法句経(ダンマパダ)』

 

 

 

 

 

思考の整理、理性の思考とは?

性格判断を仏教的に考察。新鮮で深淵。

こころの成長度で、自分の性格が変わっている可能性はある。

できる人、という概念を覆された本

 

 

 

社会に出て、人生の選択を続けてきた結果(恩恵)を味わう時。

 恐らく最初は両親から、そのあと学校や社会生活で培った【道徳観】は 【マナー】程度にすぎない、と思った本。 人生の帰路に読むべし、とライブラリにある一冊

  

 

 

 

目下、自分の立場では、親の悩みがない人をうらやましいと感じ、 仕事の能率が下がる時、思考の整理に役立ちます。 人を羨む暇があれば、自分の努力にあてる、という思考になれた。 お坊様にも【ねたむ】気持ちはある、悟った人に至るまで、 心の観察(瞑想)は大事だと、厳しくも優しい教え。 羨んだり、ねたみから自由になれる実感(また妬みは現れるかもしれんが、) 自分の心を過信しない事に役立つ本。

 

 

 

自分は粘り強い、という暗示。 暗示ではなく集中だったら尚良い。 集中は脳に歓びを与える。 その道のエキスパート質の努力や修行、研究を苦労と思わない、むしろ探求心と、集中力で 喜々としていたり、若々しい事に納得する。 やりたい事以外に、むしろやりたくない事に集中したらどうだろう? 高齢の両親との限られた時間にも、集中。時々読み返す。

 

 

 

 

これは仏教書なのか?と思うほど、長老が意識して 日常で浸透している名詞や言葉を使って説く。 仏教色はポイントで効果的に示すだけで、 本屋さんで、自己啓発本を選ぶテンションで読める。 奥深いところで、仏教が普遍的・理性的な方法論を示していることに 腑に落ちる。八正道を八つの脳開発プログラム、と表すあたり。 自己啓発が好きな人におススメ。

 

 

 

人とのあつれき、世間とのズレ、孤独を静かで平和な環境だと思う事など、 誰からも明確な答えは得られない事に、仏教は道があると示す。 最初から暗いし厳しいのは、長老の著書の特色だと思うようになってきた。 後半の、自助努力・研鑽あってのみ【ありのまま】を捉えるようになる、鵜呑みにするなよ、と説く。 仏教の【ありのまま】とは、ちまたで言うカジュアルさや、ゆるっとした愛嬌の事ではない。 人間は必ず死ぬ、その事をごまかしたり、オブラートに包んだりしない事だ。

 

 

 

 

わたし、わたし、そんなものはありません。 わたし(自我)は錯覚と説く仏教。 わからない境地はあるものだ、 だとするとそれを目指す人のおっしゃりを 紐解いてみたい、そんなレベルの自分にも 何度か読み返すと印象が変わる本。 仏教が深遠な事、それがわかっただけでも しあわせだと思う。

 

 

 

 

読み手の心の成長にあわせて読む。 わからない事が多かった。 落ち込むことなかれ。 50歳過ぎて、鍛錬することを歓びとするならば名著と思う。 無我を憧れの境地とするならば、 まだまだ原始的な心をどう育てよう。

 

 

 

難しいレベルから、一旦落ち着こう。 できることはなんなのか。 できていると思っていたが、もっと丁寧に。 心を探って、育てる事。心のメンテナンスを外注はできないと心得る。 慈愛は人間にしかできないとおっしゃり、 そうであっても原始的な心のまま死ぬのが人の一生だと。 輪廻はこりごり。。。少しでも心を成長させよう。 母と手紙の交換は、【慈悲の瞑想】の事を書く。 老いても、慈悲の心は育つ、その人の研鑽次第。

 

 

 

 

ユーモアさえあれば。 七難は隠せるかも。 もう十分に心得たと言えず、 また読み返したくなる1冊。 お釈迦様の時代のユーモアが 現代のユーモアに通じるのか? 自分の稚拙な疑問にも応えてくれる。

 

 

 

 

 

 

生きとし生けるものが幸せでありますように。

(投稿はしばらくお休みします。)

日曜日に作り置き

朝食やお弁当の作り置きをがんばりました。

これがあるのとないのとでは段違いです。

 

 

cookpad.com

 

 

 

cookpad.com

 

 

作り置きのレシピ投稿で、詳しくデータを分析して

役立つコンテンツにしようと思ってます^^

 

 

youtu.be

 

 

 

週末に読んだ本。

めっちゃ面白かったです。

料理で、脳は開発できるでしょうか^^;

 

 

心を穏やかに そこに引退はなし

最近の、テーラワーダ仏教協会のYouTubeで、

気になった本があったので

迷わず購入

 

 

 

 

長老のお説法を聞こうと開いたら、

ば~んと、おすすめであがってまして、

約1週間前の動画、『喜びの実践』歓無量の心を育てるブッダの瞑想法再配信

www.youtube.com

 

一気に読み終えました。

 

妬まない方法?  いやいや、

妬まない 生き方

ですって???

 

体得したら 一生妬まない性格になれる?

そうではありませんでした。

心は次々に回転してあらゆる感情や概念が生まれるので、

そのコントロールの仕方が切々と書いてありました。

____________________

『怒り』より『妬み』の方がネガティブで

消すこと(コントロール)が難しい、で始まります。

 

ところどころ、長老に自分の心を見透かされたような、

『え?長老に言い当てられて』いるかのような気分になり

気まずいやら何とも言えない気分になりました。

 

人と会わなくなると、臭いものにフタをした状態。

ちょっとしたことで人を羨む(妬む)ことに

鈍感になっていました。

自分の反応をよく分析してみると

妬んだりしないで人を称賛したり

認めたりが自然で思いやりにあつい人間に

成長してるわけではなかったんです。

 

たとえば

両親の事で奔走する人間と

それはまったくしないで無関心な人間がいて

この不公平には答えが出せていませんでした。

 

こう言ったすぐに答えが出せない問題には

一旦、思考はストップさせること。

人生に『理不尽』はつきもの、と心得る、

はい、次のステップへ。

 

 

一旦、心はズタズタになりかけたところで

喜びの実践について、

詳しく書いてあります。

ここで『慈悲の瞑想』はどのような

アプローチがあるか、読み手に厳しくも優しい手ほどきで

最後まで文章に釘付けになりました。

 

 

実践は、身近な人(はじめに目上の人・親など)に向けて、

幸せや成功を祈る、というもの。

慈悲の瞑想は、日ごろやっていたにも関わらず、

心の弱さや甘さにごまかしが効かなくなって

実は許せていなかったことや、怒っている心。

なぜ自分だけが損な立ち場なんだ?だとか、

ダメな心、にご対面の日々でした。

 

折しも

偶然、今日はちょっとしたことで、

母の入所施設のスタッフさんから電話があって

母の様子が聴けました。

心が穏やかになってきたと。

娘さんの手紙を喜んでいます、と。

おかあさんはユーモアがいっぱいですね、

我々を元気にしてくれますと。

そんなお話を賜り、歓無量です。

 

母を励まして、母が元気だと施設で朗らかな雰囲気が

どんどん伝播するんですね。

母のユーモアに、私もずいぶんと吹き出したものです。

良かった、よかった。

手紙を続けよう。母を励まし続けよう、

次回送る手紙には

『心のデザイン、ユーモアや穏やかさ、朗らかさに引退はありませんね。』と、綴りたいと思います。

 

 

生きとし生けるが幸せでありますように。

 

目の前の仕事に集中しませう

YouTubeで長老の説法を聞くために、

夜は一人になる時間を作る。

スマホに防水カバーをかけて

風呂蓋の上に置き、拝聴。

今週木曜日はライブではなくて、

ダイジェストだったが、内容がハイレベルで

未消化だったので、自分なりに心の洗浄をする。

 

心の変化はめまぐるしい。ちょっとしたことで感情的になる。

コロナ禍のどさくさに紛れて、人と接触を減らしたところで

SNSを極力減らしたところで、しょせん、凡夫は凡夫だ。

まだまだ集中がたりないのかな、と反省。

難しいレクチャーだと、萎えてしまうので

心の分析にはこちら。

 

 

 

 

ここでちょっとお許し願いたいのは自分にも恥じらいがあり、 どんな心所か?

は、詳しくは書くまい。 しかし、ちゃんと手当して、心が落ち着き、 『今に集中』する気力が戻ったので この記事を紹介する。

 

 

今に集中すること、はい、わかりました!

 

 

www.works-i.com

手紙、クリックポスト

両親に毎週書く手紙は

大体が短いです。

 

例えば父には。

大きな文字で書く。

ほとんどひらがなで。

クリックポストを登録してから、

通信費が抑えられ、家計を圧迫しない程度に

父に送っています。

クリックポストは、あらかじめ住所登録した場所に

全国一律198円で郵送できる、

ヤフージャパンとゆうちょの事業です。

このサービスを使わない手はありません^^

クリックポストの規格内の重さ・厚さ・大きさ以内なら

父へは198円でプチプレゼントを送ることができる^^。

今週は飴玉と、レンチン加熱のぜんざいと、缶詰です。

 

clickpost.jp

 

父は文字が書くことが億劫なようで、

届くと電話をくれます。

それで十分です。

添える手紙の最後は決まっています。

また手紙を書きますね、で終わります。

 

母へは違う目的で書きます。

面会ができないので、【家族に会えないストレス】の発散が

うまく行かない時もあるようで、

母は率直に「イライラする」、「コロナで何もかも変わってしまってうんざり」などと書いてきます。

私の住所を覚えられないので、あらかじめ私宛に

あて名住所を書き入れて、母に送っています。

郵便局でシールタイプの切手を買うのがちょっとした楽しみです。

あて名や住所は、ラベルを作ります。

 

 

 

数年前に長女から、ガーリーなデザインの ラベルを作れるものをプレゼントされました。 これは自分の趣味で、整理整頓用とかに使います^^

 

 

 

コロナ禍で面会ができないのは 寂しさや不自由さを感じるんですね。 ところがわたしはその距離が丁度よいな、と思ったりします 人との接触が、この一年でほぼゼロですが、 夫が家で仕事をするようになって、 家族とは長い時間をリビングで共有するので 以前よりも一人になる時間が貴重に思えます。

 

でも、両親は寂しいさみしいと言います。

これは、お年寄り独特のものなのかな?

と、その気持ちを最大理解しようと思うのですが、

電話で話す父の声のトーンとか

母の文字をじ~っとみつめる、とか。

時間がゆっくり流れて

何気ないやりとりで共有するんです。

どうしてそんなに寂しくなってしまうのかな、

ひとりって、最高じゃない??って思う自分と

あ~、年を取ると、どうしようもない寂しさに

押しつぶされそうになるのかもしれないな、などと

父や母の気持ちがす~っと入ってくることがあります。

 

そうか、いつかわたしもそうなるんだな。

覚えておこう、ちゃんと知っておこう。

そう思うように、(受け入れるように)しています。

 

お年寄りは、週末が特に寂しくなるようです。

だので。

週初めに、父や母に何を届けようか品定めしておき、

木曜か金曜日にクリックポストを発送します。

早ければ翌日、翌々日には届くようです。

 

いつも見るテレビドラマが、ニュース番組が。

土曜日曜日は、ちょっと変わるんですね。

それで、週末なんだなって思ったり。

ずっと一人でいると

刺激が極端に少なく。

認知の低下も重なり、曜日の感覚がなくなるみたいなんですね。

だから手紙は何曜日かな?とか

先週はどんなものを送ってもらったかな?

などと思い出してくれればいいですが、

それが叶わなくてもいいのです。

今日の今、父が元気で

母も息災に過ごしているなら万々歳です。

 

また、手紙を書きますね。

必ずしめの言葉はそれで終わります。

寂しさを少しでも紛らわせますように。

 

 

 

 

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初出掲載:2019年6月28日