両親を心配して、7月から奔走した私は
ただ、たいへんだ大変だと、兄弟たちに
騒いだだけでした。反省。
このたびも、お騒がせな姉、ごめんなさい。
妹や弟と電話でたくさん話しました。
耳に集中して、懐かしい声を聴きました。
彼女らも彼もすっかり落ち着いた大人(おじさん、おばさん)になり
何も心配いりません。
毎回、母に会うと
「産んでくれてありがとう。」と言い、別れました。
父には先日、すごく怒られたけど
「今までお母さんを見てくれてありがとう。本当にお疲れさまでした。あとはこどもたちに任せて!」と言えたので、私はそれで満足です。
私たちの縁は、時にぶつかり合い、こんがらがり、
少し冷却期間を置いた方が良かった時間があります。
その時を経て、なぜ糸が絡まったかを、お互いに吐露すると
深く理解ができました。
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弟の言葉と父の言葉、
私の生き方に共通がありました。
恐らく、妹二人も。。。
毎日、悔いなく生きている。
弟は「俺ね、ひりひりするほど仕事頑張ってる、恋愛だってそうだったし、家族のため、毎日、悔いなく生きている。あとは死ぬだけ、それが俺の生き方なんだ。」
父は『俺が倒れるまで、お母さんの面倒を看る』
それぞれの家族にこめた思いは、私の介入は許さない事でしょう。
では、わたしはどうでしょう。
私もすこし、似ているな。
あとは死ぬだけ、それはそう思うのです。
今は生きているけれど、明日死んでも悔いなく生きよう。
そこは、父と弟と似ているな。
そんなこと言ったら、父も弟も嫌がるでしょうか。
あとは死ぬだけ。
そんな思いで日々をつづると、平凡な生活の中に
「禅」を据えられます。
煩悩だらけのわたし、お掃除とおさんどんの日々。
断捨離、死に支度。実に楽しい日々です。

